2008年6月~7月

ここでは、2008年6月~7月 に関する情報を紹介しています。
肝臓ガンの再発・・・・・・本当にショックだった。再発を言われたときに、どうも市民病院でお世話なったA先生に手術をしてほしい、とずっと私は言っていたらしい。そう言われてみれば、言った記憶が少々ある・・・・。なぜだか分からないが。

とりあえず再発した事をA先生に伝えに行った。なんとY先生からメールでもう連絡が入っていて私のことを知っていた。なんと私が希望すればA先生が手術をしてもかまわないとのこと。

ただ、手元に資料がないから何とも言えない。6月末の血管造影の検査が終わったら、とりあえず診察だけでもしてほしいと頼んでおいた。


ついに、検査と抗ガン剤治療のため、入院となった。Y先生からは、手術はどうする?A先生にお願いするなら、がんセンターでの外来診察はキャンセルするよ、と言われた。

手術をするにもいろいろとタイミングがある。がんセンターですべてやった方が良いには決まっている。手術だけ他の病院で・・・・と言うのも何だかなぁ、と言う気持ちはあった。でも、出来ればA先生に手術をしてほしいというのは本音ではある。がんセンターのS先生も良い先生である。評判も腕もよい。私も信頼できる先生なのだが・・・。

答えは明日の造影剤の結果が出るまで待ってほしいと伝えた。

そしてその結果が出た。夫婦二人、別室によばれた。パソコンで造影剤の結果を見せてもらいながら言われたことが、「手術は不可能」と言う言葉であった。

一瞬間があり、今何を言われたのか、が、理解できないでいた。四つのガンのうち、二つが動脈のすぐそばにあり、また悪いことにそのウチの一つが心臓近くにあるのだという。

目の前が真っ暗だった。このときも何を言われたのか、私が何を言ったのか、ほとんど覚えていない。だだ泣く事しかできなかった。

Y先生も相当困っている様子だったという。この前頑張るって言ってたのに・・・と言う言葉は聞こえた。そんなこと言ったのは全く覚えていない。

最後、私はこれからどうすればいいでしょう、というのを聞いた事は覚えている。少し先生が考えた後言われた言葉が、「母として妻として、家族に遺言を考えるのもあなたの役目」であった・・・・。なんときついことを言う先生だろう。本気でそう思っていた。

それが昼間の話である。

午後一番最後に、外科のS先生の診察を受けた。手術不可能なのだから外科の先生の話を聞いても何にもならないのに・・・・・もう気持ちも体も疲れ切っていた。

・・・・・・・・・カルテとパソコンを見ながら言った一言が、なんと「手術は出来ますよ」である。

でも、「さっきY先生からは不可能だって言われたばかりですが」、と聞き直したら、いつもののんびりした口調で「内科医と外科医の見解は違いますからねぇ」の一言で終わってしまった。

わがまま言って、今のままで手術してと言っても出来ますか、と訪ねたら、自信ありげに出来ますと言うことだった。

ただ場所が場所だけに、抗ガン剤で小さくしてから手術しましょうと言うこととなった。

本当に落ち込んだり喜んだり忙しい一日となった。でも、手術が出来ると言われてホッとした。これで安心して抗ガン剤治療を続けられる。しかし、Y先生からは二度とA先生に手術をお願いしようかという話は無くなっていた。

図々しい神経の持ち主だと私は思っていたが、やはり精神的に落ち込む日々が続いていた。夜なかなかねられなくなり、その分昼間眠い。気分も浮き沈みが激しい。

入院中に精神安定剤と睡眠導入剤を処方してもらった。今でもそれは飲み続けている。

治療の話はメドがついたが、まだまだ問題はある。それは支払いのことだった。それは次回書くことにしよう。それではまた。

このプログが私の気晴らしと生きる力になる場でありますように・・・。
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