肝臓ガンの再発

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7月の退院後からは、通院での抗ガン剤治療が始まった。2週間に一度なのだが、白血球の快復が遅く、なかなか思い通りの治療とは行かない。元に戻るのに時間がかかる。

先生が言うには、薬が効いているから・・・・・・とのことだが、ここで無理に治療しても逆効果になるだけである。薬の量を減らしながら様子を見ましょうとなった。が、今でも4週に一度の治療となっている。

7月から二度ほどCTを受けているが、少しずつだが、ガンが小さくなっているという。うれしい話だ。

精神安定剤も飲んでいるが、気持ちの方もだいぶ落ち着いている。一度もう飲まなくても平気だと思います、と先生に言ったことはあるのだが、まだ飲まなくては駄目、の一言で終わってしまった。

そこで11月にラジオ波の治療をしようかという話になった。これでガン細胞をつぶしてしまうと言う。体の負担も少なくて済む。

それで一度超音波検査をすることになった・・・・・・・が、なんと私のお腹の脂肪が多くて検査自体がうまくいかなかった。要するに手術後から太ってしまったと言うことである。なんと言うことだ‼

とにかくやせなくてはいけない。とりあえずは来週9日に、CT、内科の診察、抗ガン剤投与(予定)の予約が入っているのだが、外科のS先生の診察も受ける事になった。どういう結果が出てくることやら・・・・・・。

手術するにしてもやせるのが前提である。頑張って運動をして下さいとのことであった。手術しているのに太ってしまうガン患者なんて私だけであろう。頑張ってやせなければ、ね。

ちなみに内科のY先生、以前舞の海さんに似ていると書いた。もちろん顔だけではなく、体型もそっくりである。太っている先生に、「やせろ」と言われるのもなんだか悔しい。

一度Y先生に「舞の海さんに似ていると言われていませんか」と聞いたことがある。今年は夏はオリンピックの年、某テレビ局のキャスターとして毎日テレビに舞の海さんが出ていた。テレビで毎日先生を見ている気分だった。

先生の答えは「うん、よく言われるんだよ。皆褒め言葉で言っているのだと思うけど、お相撲さんに似ているって言われるのはうれしくないなあ・・・・」だった。
 いや、きっとみんな褒めてはいないと思うぞ♪と、心の中で言ってあげた。診察室から出てきて夫婦して大笑いしてしまった。

月日がたつのも早い物で、もう師走である。去年の今頃はまだ入院していた。八月の暑い時期に入院して、今年の二度目の手術、二月に退院してあっという間にまた冬になってしまった。

去年は晩夏から冬までの季節を肌で感じることが出来なかった。とくに秋。窓の外からは紅葉は分かるが季節感を全く感じない。小春日和の陽のあたたかさ、木枯らしの寒さ・・・・。

今、住宅街でも紅葉が真っ盛りである。桜の木の葉はもうほとんどおち、イチョウやもみじが綺麗に色づいている。クリスマスのイルミネーションも綺麗である。それが見られると言うのがどんなにすばらしいことか・・・・。


今日からは息子が修学旅行で沖縄に行っている。元気に見送ることが出来てうれしい。帰ってくるのが楽しみである。

生きていられることに感謝している。

これからは時々脱線する話もあるとは思うが、読んでくださっている方がいるならうれしい限りである。

それではまた次回。

このプログが私の気晴らしと生きる力になる場でありますように・・・。
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実は、私は自分の使用していた抗ガン剤の値段を知らなかった。前回治験で使用したときの、飲み薬以外の薬をこれからも使うというのだが、治験対象者は抗ガン剤のすべての薬と治験に関わる検査代は無料なのである。

今度はどうなるのだろう・・・・・点滴は高いと聞いていた。知り合いは飲み薬だけで月八万かかるというのも聞いていた。

そこで、病院のソーシャルワーカーと相談することになった。なんと一回の点滴で12万円かかるという。2週に一回、月2回それだけで24万円、診察代、検査代、副作用を押さえる薬や睡眠導入剤等の支払いを入れると、20万台の後半の支払いとなる。

提案された事が、委任払いという方法である。薬局で購入する薬は別だが、抗ガン剤や検査など病院内での支払いは、この手続きをすると一定以上の金額の支払いをしなくてもすむという。

有り難い話である。

訳あって、生命保険は解約していた。今ではそれが悔やまれる事だが、仕方がない。主人と子どもには絶対にガン保険も付けようと、今、生命保険を検討中である。


これで安心して、治療を受けられることになった。ソーシャルワーカーの方も良い方で、入院中に緩和ケアの看護師さんを連れ、病室に来てくれた。落ち込むのがひどいようなら、抗うつ剤も処方できるらしい。

私は医療関係者に恵まれている。

それだけではない。隣のベッドにいたKさんの存在が私を変えてくれた。この方は末期ガンで治療方法がないらしい。

それなのに、ベッドの上でまだ気分の落ち込む私を、たくさん励ましてくれた。とても強い心の持ち主である。なんと遺言と自分の葬式の手配も済んでいるという。

何故そんなに強いんですか、と私は聞いた。受け入れれば良い・・・・・・。答えはその一言だった。いずれ緩和ケア棟にうつるという。入院中、いろんな話をしたくれた。私も一杯おしゃべりをした。

その方が一時外泊という形で、自宅に戻った。私は一通りの検査と抗ガン剤の治療を受け退院した。

9月にはいり、私が抗ガン剤の点滴を受けているとき、主人がKさんの主治医と話をしたという。Kさんのお見舞いをしたいと申し出たら、なんと8月他界したという。あんなに元気そうに見えたのに・・・・。

その主治医は、最後まで立派な方だったと言ったそうだ。

そう言えばS先生も、人間はどん底まで落ちたら、はい上がる力は誰にも必ずあると言っていたっけ。

私はこのKさんに生きるとは何かを教わった気がする。この方がいてくれたおかげで、前向きになれる力をもらった。心からありがとうと伝えたい。今頃きれいな夜空の上から見守ってくれていることだろう・・・・。

先日、とある番組で、鳥越俊太郎さんが「人生をあきらめてはいけない」と、力強く言っていた。今では本当にそう思えるようになった。私も再発ぐらいで負けてはいられない。


医療関係者だけではなく、同病の人にも恵まれているかもしれない。

それではまた次回。

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肝臓ガンの再発・・・・・・本当にショックだった。再発を言われたときに、どうも市民病院でお世話なったA先生に手術をしてほしい、とずっと私は言っていたらしい。そう言われてみれば、言った記憶が少々ある・・・・。なぜだか分からないが。

とりあえず再発した事をA先生に伝えに行った。なんとY先生からメールでもう連絡が入っていて私のことを知っていた。なんと私が希望すればA先生が手術をしてもかまわないとのこと。

ただ、手元に資料がないから何とも言えない。6月末の血管造影の検査が終わったら、とりあえず診察だけでもしてほしいと頼んでおいた。


ついに、検査と抗ガン剤治療のため、入院となった。Y先生からは、手術はどうする?A先生にお願いするなら、がんセンターでの外来診察はキャンセルするよ、と言われた。

手術をするにもいろいろとタイミングがある。がんセンターですべてやった方が良いには決まっている。手術だけ他の病院で・・・・と言うのも何だかなぁ、と言う気持ちはあった。でも、出来ればA先生に手術をしてほしいというのは本音ではある。がんセンターのS先生も良い先生である。評判も腕もよい。私も信頼できる先生なのだが・・・。

答えは明日の造影剤の結果が出るまで待ってほしいと伝えた。

そしてその結果が出た。夫婦二人、別室によばれた。パソコンで造影剤の結果を見せてもらいながら言われたことが、「手術は不可能」と言う言葉であった。

一瞬間があり、今何を言われたのか、が、理解できないでいた。四つのガンのうち、二つが動脈のすぐそばにあり、また悪いことにそのウチの一つが心臓近くにあるのだという。

目の前が真っ暗だった。このときも何を言われたのか、私が何を言ったのか、ほとんど覚えていない。だだ泣く事しかできなかった。

Y先生も相当困っている様子だったという。この前頑張るって言ってたのに・・・と言う言葉は聞こえた。そんなこと言ったのは全く覚えていない。

最後、私はこれからどうすればいいでしょう、というのを聞いた事は覚えている。少し先生が考えた後言われた言葉が、「母として妻として、家族に遺言を考えるのもあなたの役目」であった・・・・。なんときついことを言う先生だろう。本気でそう思っていた。

それが昼間の話である。

午後一番最後に、外科のS先生の診察を受けた。手術不可能なのだから外科の先生の話を聞いても何にもならないのに・・・・・もう気持ちも体も疲れ切っていた。

・・・・・・・・・カルテとパソコンを見ながら言った一言が、なんと「手術は出来ますよ」である。

でも、「さっきY先生からは不可能だって言われたばかりですが」、と聞き直したら、いつもののんびりした口調で「内科医と外科医の見解は違いますからねぇ」の一言で終わってしまった。

わがまま言って、今のままで手術してと言っても出来ますか、と訪ねたら、自信ありげに出来ますと言うことだった。

ただ場所が場所だけに、抗ガン剤で小さくしてから手術しましょうと言うこととなった。

本当に落ち込んだり喜んだり忙しい一日となった。でも、手術が出来ると言われてホッとした。これで安心して抗ガン剤治療を続けられる。しかし、Y先生からは二度とA先生に手術をお願いしようかという話は無くなっていた。

図々しい神経の持ち主だと私は思っていたが、やはり精神的に落ち込む日々が続いていた。夜なかなかねられなくなり、その分昼間眠い。気分も浮き沈みが激しい。

入院中に精神安定剤と睡眠導入剤を処方してもらった。今でもそれは飲み続けている。

治療の話はメドがついたが、まだまだ問題はある。それは支払いのことだった。それは次回書くことにしよう。それではまた。

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2月29日の外科外来では、特に問題はなかった。傷口もしっかりくっつている。二月中に一度CT検査もしていたのだが、こちらも何もなし。少々肺に水がたまっているらしいが、これは手術の影響で、自然になくなると言う。とりあえずホッとした。

3月に入って再び消化器内科のY先生の元での通院となった。抗ガン剤を始める為である。本来なら去年使った点滴を使いたい(治験の飲み薬以外の薬)とのことだが、それにはポートをもう一度入れなくてはいけない。
私ははそれを断固拒否した。また熱が出たらポートを外さなくてはならない・・・・と言うことが怖かったのである。

そこで提案されたのが、飲み薬である。点滴と同じ成分があるという。ただ、やはり点滴投与よりも効き目は落ちるという。その分副作用は少ないらしいが。

一日7錠、2週間飲んで1週間休む。それを8回繰り返して様子を見ましょうと言う事になった。薬代も2週間分で10,000円ちょっと。これなら金銭的にもどうにかなる。3週間に一度の通院になった。

そのままその足で、市民病院に入院していたときのお世話になったA先生にそのことを報告に行った。よかったねと笑顔で言われた。一番初めのA先生の処置がよかったから、転移もせず、人工肛門も外せたのだと、S先生に言われました、と伝えたら、「当たり前のことをしただけですよ」とのこと。でも顔が笑っている。うれしいならうれしいと言えばいいのに・・・・。でも、その当たり前のことが当たり前に出来ない人もいるのだ。有り難い言葉である。

休んでいた息子のPTA役員の仕事も再開した。良い方向へ行く・・・・・家族の誰もがそう思っていた。

ところが・・・・・である。四月末に行ったCT検査の結果があまり芳しくなかった。白い陰があるという。五月半ばの通院時に言われた。

Y先生曰く、たぶん「脂肪のかたまりだろうとは思うが・・・・」とのことである。いい話は絶対にしない先生である。その言葉を信じたい。五月中に超音波の検査をして、その結果は六月の次回通院時に報告できるという。その結果を待つ間がずいぶん長く感じられた。

そしてその当日。肝臓ガンの再発であることを伝えられた。四つあるという。何故こんなに早く再発してしまったのだろうか・・・。

 その後のことはほとんど覚えていない。主人の話によると、私はパニックになり、泣きわめいていたらしい。ただ覚えているのは、「私はもう頑張れない」と言ったこと、Y先生が「あなたが頑張れなくても僕が頑張ってあげるよ」と言われたことである。これも有り難い言葉だった。

飲み薬の抗ガン剤はその日で終わった。やはりポートを入れて去年使っていた薬を使うしかないと言われた。

六月末に入院し、血管造影の検査をしてはっきりとガンの大きさや場所を確認すること、7月初めにポートを入れ、一回目の抗ガン剤投与となった。

それではまた次回。

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